日本には日本のことを
「日本人は自分のことを知らない。日本には日本のことを教えてやらなければならない」
物理学者・お雇い外国人/ウィリアム・エドワード・エアトン
エアトンは王立協会誌に日本の伝統工芸の「魔境」を紹介した人物とされている。
外から見ないと、今の自らの立ち位置や考えを変えないと見えてこないことがたくさんある。
「日本人は自分のことを知らない。日本には日本のことを教えてやらなければならない」
物理学者・お雇い外国人/ウィリアム・エドワード・エアトン
エアトンは王立協会誌に日本の伝統工芸の「魔境」を紹介した人物とされている。
外から見ないと、今の自らの立ち位置や考えを変えないと見えてこないことがたくさんある。
「日本の家は納戸化しつつある」
プロダクトデザイナー/喜多俊之(著書:ヒット商品を創るデザインの力より)
日本人がモノをたくさんか抱えすぎて、自分の家に人を呼べなくなり、さらにそれが家庭内の風景に対して緊張感や美観の消失を引き起こしているという見方。
氏は著書にてイタリアと日本の台所の差を例に挙げて比較している。
納戸に住んでいる国民とは、なんと悲しいことか。
やはりモノはコトのためにあり、いくらモノのかたちだけがよくなっても、
人の生活文化を美しくする助けができないものならば、
それは「よいデザイン」ではないのだろう。
キーワードは「コト」であることを再認識。
分けのぼる
麓の道は
多くとも
同じ高嶺の
月を見るかな
時代に応じて文体や形式は違ってくるけれども、
目指すところは結局ただ一つの高嶺の月なのである。
文筆家/谷崎潤一郎(著書:陰影礼賛より)
ある特定の市場で似通った製品がたくさん出てくるのは、やはりそこの市場で人々が求められているものに一つの流れがあるからだと言われる。
それと同時に、皆が同じゴール(提供したい価値、月)に向かって、同じような手法(デザイン、サービス、ビジネスモデル、麓の道)をたどっていることをも示している。
たとえ目指す頂上が同じ場所でもかまわない。
同じ頂上に着けるのであれば多様な「道」を探すことは意味があると思うし、それが他者との差別化や価値につながる。
これは人の生き方、「人生のデザイン」について考えさせてくれるいい言葉だと思った。
麓からどんな道を選んで、月に向かうか。
「簡素が豪華に引け目を感ずることなく、その簡素の中に秘めた知性なり感性なりがむしろ誇りに思える世界、そういった価値体系を拡めることができれば少ない資源で生活を豊かにする事ができる。」
グラフィックデザイナー/田中一光
日本の美というのは庶民文化の美だと勝手に思っていて、
日本の生活における振る舞いや所作の美はもっと研究してみたい文化だ。
いつからか西洋の価値観で作られた「いろんなものをくっつける生活」に慣れてしまったせいか、
なおさら日本の「簡素」という感覚が新鮮で魅力的に見える。
環境問題やエネルギー問題に対してデザインが出来ること(すべきこと)がこの言葉には多分に含まれてると思う。
ものづくりをする人たちは、
ただ節約とか省エネとかだけじゃなく、豊かな知性や感性の末の「簡素な美」がある生活の提案をしていかなければいけない気がする。
「優れた音楽は、民族の特殊性を通過してはじめて普遍性に到達する」
作曲家/伊福部昭
グローバリズムという言葉が陳腐化されて久しいが、
未だにグローバリズムについての考え方はいろんなものがある。
その中でも、世界中にモノやサービス、カルチャーを届けられるようになったからこそ、
平均化されたいわゆる「ユニバーサル」が必須であるという考え方が多数を占めているように思う。
それに対して、民族や地域、国民性、国有の文化を輸出し、アピールしてこそのグローバリズムではないかという考えもある。
この二つの考え方をどこで線引きするのかは非常に難しいのだけれども、
やはり文化を輸出するという考え方は大切だと思う。
今の日本の「ものづくり」については強くそう思わざるを得ない。
日本は世界に誇れる独自の価値観・文化体系があるにもかかわらずそれらを世界にちゃんと輸出できてないなぁと日々思う。とくにデザインの分野においては。
欧州に売るからこそ「欧州を真似る」ではなくて「欧州に美を伝える」という気概でやらなければならないと思う。
「政治や経済を含めた、全体の状況を理解しないアートやデザインには、意味がない」
ーMITメディアラボ副所長、グラフィックデザイナー、コンピューター科学者/ジョン前田
デザインや美術の学校では経済について理解が少ない。
一方ビジネス、経済の学校では左脳的メソッドが先行し、アート・デザイン思考が少ない。
そもそも両思考は世の中にインパクトを与える際には両輪として機能すべきものであり、
どちらか一方だけでは最高のパフォーマンスは出にくい。
バランスを取ることが大切だと思う。
肩書きに関係ある狭い世界の知識や感覚だけで勝負できる時代はもう来ない。
なぜそのデザインなのか?今の世の中に何を訴えるのか?どういう経済圏、社会を形作るものなのか?
そういったことをもっと深く考えていく必要を感じる。
「社会の中では理想を言うやつがいなくてはいけない。たとえ馬鹿と言われても、偽善と言われても。」
-音楽家/坂本龍一
めのうらよりインスピ。
世の中に大きな進化をもたらしたり、革命的な価値観のシフトを起こさせるきっかけは”理想主義者の言葉”なのだと思っている。
日本人は大きな志や野望を持っていても恥ずかしい・周りに気を使って言わない・言えない文化がある。
僕はこれが日本のカルチャーやテクノロジーが世界にコントリビューション(貢献)する際に大きな障壁になっていると思う。
shyには形容詞として恥ずかしいという意味があるが、同時に動詞として「気後れする、尻込みする」といった意味でも使われる。つまり恐れや臆病さを多分に意として含んでいる。
馬鹿と言われること、偽善と言われることを恐れずに、理想を表現(可視化・認知可能にする行為)し続ける努力をすることが、ヒトの社会に豊かさをもたらすアート・デザインなのだろうと感じた。
自発的に勇気を持って前に出ることが(自分にとっても)新しい世界をつくるはず。
和のデザイン、いきと呼ばれるものは何なのかということを考えたく、
読んだ。
哲学者の著者が日本独自の価値観「いき」について考察を巡らせる一冊。
本書では「いき」とは大和民族の特殊な様態の顕著な自己表明の一つと定義されている。
海外(他民族)の文学や芸術、音楽と日本のそれとを対峙させ、その中から読み取れる価値観のズレや情景をヒントに「いき」とは何かを定義し、構造化を試みている。
「いき」とは媚態・意気地・諦めを主要素とし、反語は野暮であること。
二元性を基礎とした美学であること(男と女、竹と木、表と裏、ハレとケ、見せると隠す等…)。
決して合理性になり過ぎないバランスの美学でもあること(常に平行線で交わらない-結果の出ない縦縞模様等)。
いきなリズムとバランスが存在すること。
派手―地味の構図とは別物であること。
等を独自に構成したマトリクスやチャートを絡め解説してくれる。
いきと称されるものを見たところで、いきは理解し得ないという主張もしている。
日本民族の価値観や文化を解剖・解釈するプロセスを経てはじめて「いき」に触れることが出来るのだと。
本書を読んで
「いき」とは
「二元性を含有する物事における理想体(合理性)に対しての一定の変位(ハズシ)の美学が表層に出てきたもの」であると受け取った。
原文は現代の文体ではないのでとっつきにくいところもあるが、本書は解説を入れ込まれ再編集してあるのでわかりやすくなっていてよいと感じた。
いきとは何かと何かの関係性にて見出される美しさということか?
最近何かと話題になっている関係性のデザイン、コミュニケーションの仕組みづくりにおいて、
日本らしい価値観や美しさとはどんなものか考えてみたい。
「ありとあらゆる場面でベースになっているのは”学問”なのです。」
ー脳科学者/茂木健一郎(著書:脳を活かす勉強法より)
面白いことを考えるクリエーターやデザイナーには、何らかの学問のバックグラウンドを持っている人が多い。ザハ・ハディドは数学、ロス・ラブグローブは生物学、川崎和男は医学、ジョン前田は経済学と情報学、山中俊治は工学・・・・・といったように。
そのバックグラウンドを活かすことで、旧来のデザイン領域とは違ったところに足を踏み入れることが出来ている。
デザイナーやクリエーターにはそういう「知識という武器」が必要ではないかと最近感じる。
ネットで簡単に手に入る二次情報ではなくて、自分の身に染み込んだ知識。
この「身に染み込んだ」というのが大切だと思う。
自分の特性をマッシュアップしなければ次世代に残す仕事はしづらい時代になってきたと感じる。
ただのデザインは先人達がやりつくしている。
次の世代は新しいことにチャレンジしなければいけないと思う。
デザインという狭い見地・業界だけでなく、様々な学問に触れ、知識を身に染み込ませることが、
デザインやクリエイティブにいい結果をもたらす。
ありとあらゆる場面でベースになっているのは”学問”
共感する。
「Stay Hungry. Stay Foolish.」
(ハングリーであれ。馬鹿であれ。)
-Apple代表/スティーブ・ジョブズ
常に慢心せず、更なるフロンティアを目指すこと。
常に理想主義であること。
この姿勢がなければ「新しい世界」を見ること、見せることはできないと感じる。
日本で理想主義であり続けることはハードルが高く感じるけど、
だからこそその方向の生き方に魅力を感じます。
スタンフォード大学卒業式、スティーブ・ジョブズのスピーチ(TEXT)
↓スタンフォード大学卒業式、スティーブ・ジョブズのスピーチ(英語)
↓スタンフォード大学卒業式、スティーブ・ジョブズのスピーチ(日本語字幕入り)
若干25歳でバングラデシュ産のジュートを使ったバッグ販売の会社を立ち上げた著者の自伝&エッセイ。
アジア最貧、政情最悪の国にあえて単身乗り込み、ものづくり・ビジネスを通して社会に役立つことを模索している著者。
まさにジェットコースターのようなスリリングな実話。
引きこもり、不良、鬱病、柔道、工業高校、慶応大学、国際機関、バングラデシュ大学院・・・・
どうして起業に至ったかまでの経緯から、ものづくりの難しさ、裏切りや失敗で涙を流した話等、「信念を持って生きる」ということの素晴らしさと厳しさを生々しいくらいのリアリティを感じながら読むことができた。
表題となっている「裸でも生きる」とは何度振り出しに戻っても、自らの信念を曲げないという著者からのメッセージだそう。
社会起業とかフェアトレードの類いに対して否定的な意見が多いのも事実ではあるけれど、やっぱりこういうビジネスを信念もってやっている人は応援したくなる。
限りある今の時間をどう生きるか。
深く考えさせてくれる一冊。
良書。
「安いっていうのは価値です。それを否定するつもりはないけど、安さだけが価値じゃないでしょ?って事なんです。」
大地社長/藤田和芳(テレビ東京:カンブリア宮殿にて)
大地は有機・無農薬の自然食品を配達している企業。
この台詞は今のいろんなサービス、プロダクトデザインにおいても考えなきゃいけないことだなーと思いました。
安くていいものがどんどん日本に入ってきています。
藤田氏の目指すところは、安さ以外の様々な価値を作り出すという道は、生き残りをかけた日本のビジネスが目指さなきゃいけないところなのかもしれないと感じます。
皆さんはこの台詞に何を感じましたか?
ぜひコメントお願いします。
村上隆や奈良美智を発掘したギャラリストでもある著者が、現代アートに対する想い、アートとお金の関係、アート立国への展望等を綴った一冊。
先進諸国において加熱するアートに対する投資や、工業ではなくアートによる国力をつけようとする動きが見られる今だからこそさらに面白く読める内容。
アートに詳しい人でなくともわかりやすい。
アート作品個々を解説するというのではなく、アート業界やアートに対する投資、アートの楽しみ方といった視点で書かれている。
各アーティストの解説本等と合わせて読むとさらに楽しめると思う。
〜〜以下ピックアップ〜〜
・不景気にこそチャンスは到来する(高額な大御所は売れない、安い若手にスポットを当ててもらえる)
・どんな作品にも買い手がいる。アート市場は細分化された市場。犬の絵しかないギャラリーもあれば、下手な絵を売っているところもある。需要があるため買い手がつく。こんなものが売れるのかというものも売れる。作品の良し悪しだけでなく、需要の掘り起こしと売買交換のマッチングがビジネスの肝。
粗悪なモノや安いモノが欲しい人もいる。アートも同様。
・展示空間、アーティスト、プレス活動がギャラリストの三種の神器。
まずは展示空間がないと始まらない。見せ方には徹底してこだわる。照明の角度や、作品を置く高さは特に重要。
・将来そのアーティストが続けていくだろうと思われるコアな部分を抽出して前面に出して売り出すことが重要。そのための審美眼と見せ方が問われる。
・アートは市場に残していくことに意味があり、とても重要。なので、若手アーティストはちょっと安いかなぐらいに値段を設定する。「売りたい値段」より「売れる値段」。応援してくれる人を増やせばアーティストに価値が発生していく。
・リーディングコレクター(この人が買うと注目される、評価につながるような人)に売る。
そうすることでマーケットが広がり価値が上がる。
・アートのコピーライト化は強烈な個性と考え抜かれた戦略がある村上作品ぐらいでないとできない。
アートは実物であり、一点ものあるいは少数製作であるからこそ価値を保有できる。
・アート作品を安易にコピーすることや、イメージ商品として単に絵面だけ売るようなことはアーティストの価値を下げること、文化の疲弊につながる。
アートは表面ヅラだけではなく、アーティストの思想も作品の一部として尊重することが大事。
・コピーが容認される中国が大国になっていくこれからは文化が消費されてしまう危険を孕んでいる。
コピーライトの強度は美術作品の強度と一致しない。
・GEISAI等、若手アーティストの発表の場は増えてきていて、アーティストの青田買いも増えてきている。
・アーティストとはそもそも職業なのか?アートが大事ならば続けろ。時代が追いつくこともある。
・今、マイアミはアートが熱い(アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ開催。デザイン・マイアミも開催されている。文化の新たな発信地)。
・どう楽しむか、どう飾るかをメディアを使って見せるより、人の行動そのものを見せて認識させることが重要。
・押し付けないこと。
・デザイン/アートは国力になる。日本人ほど美術館に行く国民はいない。
・国内のアートマーケットシステムの整備が急務。
・みんなが欲しがる情報は「告知」ではなく「レビュー」である。
・アートは国の資源。枯渇することもなければ、環境を破壊することもない。観光資源として利益ももたらし、国のアイデンティティ構築にもかかせない、非常に有望な資源。欧米諸国はこの有効な資源を上手に利用している。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アートやデザイン、映画や音楽コンテンツといったものを世界に向けてビジネスとして発信していく際に参考になる視点を多く見つけました。
逆輸入ブランドの強さや、やりたいビジネスに適したマーケット自体の発掘や開拓、世界に向けた発信姿勢等は日本のクリエイティブにもっとあってもいい考え方と感じました。
世界に向けて開かれた新しい創造的ビジネスやコンテンツ産業が日本の次世代のキーかもしれないと強く思いました。
あと、アートに限らず共感できたのが「皆が欲しいのは告知ではなくレビューだ」という一説。確かにブログや本もカタログや宣伝みたいなものではなく送り手の視点が入っている方が見てて面白いですね。
そもそもアート自体が社会に対するアーティスト自身のレビューであったりもしますね。
アートとデザインで国にブランド力を付けることに成功し、経済的な効果をももたらした英国の政策は記憶に新しいです。
日本がアートとどうつきあっていくべきか、一度じっくり考えてみると面白いかもしれません。
※私も読んだ!興味をもった!こんな風に感じる等あれば積極的にコメントお願いします。
「iPhone!? そんなのやめて、もっとすごいの作ろうぜ。
僕らは、そんな国だったはずだ。」
ハイパーメディアクリエーター/高城剛
世界の工場にもなれない、新しく刺激的なプロダクトも作れない、
コンテンツもシステムも保守的。
いつから日本はそんな国になってしまったのでしょうね。
国産メーカー、デザイナー、通信キャリア、販売店、流通、コンテンツメーカー・・・・・
全ての人たちがモチベーションを上げて、高い志で世界に挑むことを思い出さなくては!!
昨日の「カンブリア宮殿:ゲスト_奥山清行」を見てもそう強く感じました。