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スウェーデン・環境先進国への歩み

2007年現在、環境先進国といわれているスウェーデンがどのようにして環境先進国になっていったか。
スウェーデンの歴史を振り返ることで、私達が参考にすべき点がたくさんあります。

1979年
アメリカでの原発事故(スリーマイル島)を受けて、スウェーデン国内で原発反対運動が活発化する。

1980年
スウェーデン国内で「原発の将来についての国民投票」が行われ、スウェーデンは脱原発路線を選ぶ。
この頃からスウェーデン人の環境への関心が高くなったといわれる。

1980年代半ば
スウェーデン国内のメディアが環境問題をクローズアップし始める。
特定フロンによるオゾン層の破壊、熱帯雨林伐採問題、野生動物絶滅危惧等。
メディアの積極的な情報提供により、国民の環境意識は更に高まることとなる。
この頃からスウェーデン国内でのWWFやグリーンピースの会員が増えていく。

1988年
スウェーデン西海岸沿岸での「アザラシ大量死事件」が起きる。
直接的な原因はウィルスによるもの。
その一方では、人間の自然環境破壊により、アザラシの抵抗力が落ちてしまったのが間接的な要因ともみられる。
大多数の国民がTVを通して何千頭ものアザラシが死んでいく姿を見て、大きなショックを受ける。
国民が人間のしてきたことを見つめなおし始める。
このことをきっかけにスウェーデンは環境先進国として本格的に走り始める。
同年、総選挙で初めて「環境党」が国会入り。
既存の党も一緒になり、環境政策が進んでいく。

1992年
リオで国連環境開発会議(地球サミット)開催。
スウェーデン政府も参加。
会議で以降伝説となるセヴァン・スズキによる「リオの伝説のスピーチ」にスウェーデン政府は衝撃を受ける。
スウェーデン政府はこのことをきっかけに、サステナブル社会実現のために国民一人ひとりに変わってもらおうと決意。
国民への環境教育を通し、国民主導で環境を改善していってもらう計画「アジェンダ21」の作成をするよう、スウェーデン全てのコミューンに勧告する。

1996年
スウェーデン国内全てのコミューンにおいて「アジェンダ21」の作成が完了。
各コミューンが国民の環境意識を変えるために行動を始める。
アジェンダ21の活動は全国へ拡がり、多くの住民が「自分達の行動で環境は変わる!」と信じるようになる。

1999年
スウェーデン国会が
「一世代で、今ある環境問題を解決し、次世代に渡す」という歴史的な宣言をする。

2005年
スウェーデン国会が
「2010年には化石燃料に依存しない社会にする」と宣言。
同年、「持続可能省」が発足。

2007年
「アジェンダ21」から10年。
国民にとって、デポジット制度やゴミの分別、コンポスト、環境ラベル等は当たり前のものになる。
スウェーデンは環境先進国として世界の先端を走り続けている。


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2007年07月03日 11:34に投稿されたエントリーのページです。

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